約一年前。とても近い過去である。
私はスマートフォンの画面に目を落としていた。画面広がるのはとあるソーシャルゲーム。
リリースされたばかりのゲームタイトルを、今までのソーシャルゲームと同じ気持ちで押す。
「きっとどこかで飽きるのだろうな」
そう心の中で思いつつ、チュートリアルをクリアし、ゲームの世界に触れる。よくあるつくりだな。なんて上から目線で思いながら二日ほどプレイした。
その日、好きな声優さんが担当のキャラクターが実装された。私は迷わずガチャを引いた。元々のガチャ運の良さも相まって、十連で来てくれた。
しかし、この手のものに多い、同じキャラクターを重ねないと強くならないシステム。それはこのゲームも例外ではなく、私は躊躇うことなく課金した。
結果として早々に辞める予定だったこのゲームを、私は腰を据えてやることになった。
やるからには活発的なギルドに所属しよう。
思い返せば、その思い付きがこの一年の私を変えたのかもしれない。
正直、推しとは言え、復刻の見込みもない、限定のキャラクターにそこまでお金をかけることはなく、中途半端な位置で止まったキャラクターひとりでは長く続ける理由にはならないからだ。
そう思って加入したギルドはチャットでのやり取りが活発ないわゆる「わいわいギルド」というもので、年齢層もそこまで高くなく、何となく微笑ましいやり取りも多かった。
私はそこで生まれて初めてSNSやボイスチャットに触れることになり、それがより色んな人と交流を持つきっかけにもなった。
ボイスチャットのアプリでは最初にひとつのサーバーに参加した。所属したギルドから生まれたボイスチャットサーバーで、ギルドメンバーが話すのはなぜかそのゲームではなく別のゲームや他愛のない世間話が多かった。
最初はそれで十分に楽しかったが、少しずつゲームのギルド内だけで活動したい人達と、サーバーにもいる人達とで差ができはじめ、それはギルド運営にも影響がでてきた。
ギルド長の突然の引退宣言、世代交代など問題が次々に浮上し、その間、私はゲームをしているのか分からなかった。
結果として、私は半ば巻き込まれかけたが、どうにか別のギルドに拾ってもらえた。
別のギルドは早々とボイスチャットのアプリにサーバーを設け、そこに来れる人を中心としたギルド運営を目指していた。
ゲームの話もするが、他のゲームの話もする。バランスはとれていたと思う。
そこに移る頃だ。私が彼とよく話すようになったのは。
私の彼に対しての印象は、声が良くとおり、好きな声だと感じたことと、真剣にこのゲームしている人だなだった。
ここで初めてこのゲームの育成相談を人にちゃんとしたし、ゲームとしてのコンテンツをちゃんと楽しんでいたのもこの時期だったと思う。
そうしてそのサーバーでも、ダイレクトメッセージ(以下、DM)でも、私たちはよく話すようになった。他愛のない話もしたが、ほとんどゲームの話だったと思う。
それでも誰かと親しくなることが久々だった私は嬉しかったし、その時はそれ以上の感情は抱かなった。
その頃に一度だけ。個人的に通話をしたことがある。その時のことを話そうとすると、彼は誤魔化すので、本心は今も分からない。けれど、私はその時に彼から言われた言葉が、しばらく頭から離れなかった。
「好きな声なんだよね」
何とはなしに言われた言葉は、彼が口にする言葉によく反応するきっかけになった気がする。ただ、その時の私は気づいていなかっただろうが。
そんなギルドのサーバーもちょっとした問題が発生したものの、少し落ち着いた頃、私は彼と会うことになった。
会う、会わないという話はそれまでもたまにしていたが、恐らくお互いに真面目にしていたわけではなかった、と思う。住んでいる地域は近かったが、そんなに気軽に行けるかと言われれば違ったし、それぞれの生活もある。
そんな非現実的なままと思われたやり取りが、一気に現実になったのは私がこぼした弱音だった。その時の私は、家族から言われ続けられた心無い言葉に潰されそうになっていて、限界近かった。
「どこかに行きたい」
誰かに会いたいというより、ここにいることに限界を感じていた私は、そのままの気持ちを彼に吐露した。彼からの提案は意外なものだった。
「それなら会う?」
動揺したし、衝撃だった。けれどそれ以上に会ってみたかった。
私は最初こそ断ったが、すぐにその提案を受け入れた。実際に会う日までどきどきしていたのは、今でもよく覚えている。
そうして、会って話して、気づけば彼は私にとって大切な人になった。彼にとっても私がそうだと嬉しい。
時間は長いほど人との出会いの深さを語るものだと思っていたが、出会いの深さなんて時間が長いことよりどれだけ相手と向き合ったかで決まるのではと最近は思っている。
それくらい私たちはよく話したし、よく巻き込まれもした。
それはそのサーバーであったり、サーバー外であったり。けれど全てはあのゲームから生まれたコミュニティの人たちのことだった。
私が渦中になった時、彼は私の味方であってくれたし、悪いところはきちんと説明してくれた。そのうえで私が知らないところでも動いてくれたのだろう。
彼は私にとって今も頼もしい存在なのは変わらない。
さて、ここまで読んだ人なら大方想像がつくかもしれないが、これは壮大な回顧録に見せかけた惚気である。
今までの私のこと、私から見た彼のことなどを思うままに書き出したに過ぎない。
きっかけはささいなことで、それはきっと誰にでもあるのだと、ここでは言いたい。